2011年8月16日火曜日

いきなり目標発表

タイのチェンマイに行く。
8月23日から9月15日まで。
何のトラブルもなければ。
日本語を教えに。

淡々と書きましたが、
淡々と目標を書いてみよう。

「僕の理想の教育をする」
テーマは「CreativityとImagination」

まぁ、こう見えても教育者になりたいわけで、
こう見えても自分の学校を作りたいわけで、
そうなった時に、自分がしたい教育、自分の理想とする教育が出来るように、
自分で無茶ぶりをしてみようと思ってるわけです。

「俺、○○な教育してみたいんだ~」

「へぇ、じゃあ今やってみてよ」

「えっ!?」

みたいな。


言ってしまえば、「やりたいことがあるんなら、今出来ることをしなよ」と。


ただね、これがまた難しい。

Creativity…誰も思いつかない、誰もしたことがない
Imagination…まるでそこにあるように、そこにいるように
そんな教育、どんな教育?

それはまた次回にでも。



2011年8月3日水曜日

節電キャンペーン

電車に乗ると、「節電を実行しております」というアナウンスを耳にする。
ふと考えると、おそらく去年の春や夏に、「節電を実行しております」と言われたらどうだろうか。
暴動、とまではいかないものの、ある程度の反対運動は起きただろう。
しかし、今回の震災の影響で火力発電所がやられ、電力供給不足が起きている、という事実があるからこそ、「節電を実行」出来るのだろう。

ただ、この「節電」キャンペーンはいつまでやるのか、が不明だ。
通常、何かしらのキャンペーンを行う際には「○日まで節電を実行しております」というのが普通な気がする。もしかしたら、どこかに書いてあるのだろうか。自分はその文字を見たことはない。

さて、この節電キャンペーンだが、国家による統制の度合いが大きいと感じる。
今日本国民の中に、「電力供給不足だ」という頭が働いているからこそ、このような日本全国をまたぐキャンペーンが出来ているが、あまりにも横暴ではなかったか。

確かに、電力不足だ、というのは分かるが、反対運動が起きる機会もなく、つまり、議論の余地なく、実行に移すところに若干の恐怖を感じた。
なにも、節電するな!と言いたいのではなく、それについて議論をしたか、というのがポイントだ。大した議論もなく、強制的に実行に移した、と考えれば、その実行力に脱帽だ。

もし、節電ではなく、「禁酒」だったら…
もし、節電ではなく、「禁煙」だったら…
もし、節電ではなく、「禁遊」だったら…

「非常事態→禁止」というのは、あまりにも短絡的ではないか。
もっと議論する風土を作り上げる必要があるだろう。

真面目なことを書いてしまった。